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オフィサーの人から今年の忘年会に誘われた。



日本では居酒屋などで行う忘年会。




ここはアフリカ、ウガンダ。もちろん青空の下だ。




着くとここにある食材で「てきとうに野菜作っといて!!」と言われた。





食材はニンジン、千切りキャベツにトマトなど。




食材は豊富。そして味付け。     塩。





塩。






そう、塩のみ。





ただの塩炒めだが異常に「おいしそう!!もうあなたはアフリカンガールね」とほめてくれた。





青空の下、このように炭で炒めること1時間・・・・・。


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次はヤギ肉(ヤギ2匹ぶん)を手作りの串(そこらの木を切って削ったもの)に刺していく。



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これもザ・アフリカ!!





そしてマトケ(食用バナナ)などウガ飯が並ぶ中、「アシアヌット(私の現地語名)!!まずは君がとりなさい」と言われ、まずは私から・・・・。



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そして盛られたのがこれ。炭水化物のオンパレード。



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しかし炭で焼いたムチョモ(焼き串肉)はおいしかった。



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ウガ人真似てパイナップルにかぶりついたり、ダンスしたり、アフリカンな忘年会も楽しかった。






大声で歌いながら、夕日をバックにバイクで走って帰宅。



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ウガンダエンジョイした1日でした








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先日、協力隊にとって一番大きな行事でもある「中間報告会」がありました。




これは1年が経過した協力隊が今までの苦労や成功例を新隊へ向けて発表するものです。



ホテルの会議室を貸しきってやります。



今回24年度2次隊の番。



私達同期は任地もそれぞれ遠いため、研修以来、初めて全員が揃いました。



実際すでに1年と3ヶ月が経過しようといています。



稲作が難しい環境の任地で任地変更まで考えた私。



でも今回発表をし、自分なりに頑張ったんだなと、感極まりました。



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終了後は同期で久しぶりに飲み、あと私達の任期は300日切ったという驚き(カウントしている同期がいた!!)でいっぱいでした。




3ヶ月に1回は新隊が入り、同時に先輩隊員が帰国する協力隊のシステム。




最近は立て続けに仲の良かった先輩が帰ってしまい、寂しくて任地で泣く毎日でした。



ネット環境も悪く、時差もあるため、なかなか日本と連絡がとれないアフリカ。




そんな中で出会ったこの隊員は一生の仲間で、日本で会う友達とはまた違うのです。



こういった彼らに毎日救われます。




そんな仲間と行ったのは待ちに待ったチャーン店、KFC(ケンタッキーフライドチキン)様がウガンダにお越し頂きました。



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びっくりするのが日本にあるチャーン店、ウガンダには1つもありませんでした。


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肉汁がしたたるチキン。皮のパリパリという音もたまらなく、





「今まで食べたチキンで一番おいしい!」皆がそう思いました。





普段は歩き回っているチキンの首をちょん切り、煮て、毛がついたままのものをかぶりつく。




肉は固いので、無理やり歯で噛み砕きます。



それがケンタ様といったら・・・・。なんと優しいお肉なんでしょう??




ある隊員はウガンダチキンに慣れてしまったせいか、「こんなに歯ごたえないやわらかい物を食べていたなんてショックだ」



と言っていました。そこまで顎やら歯が私達、日々成長しています。。。。




そしてウガンダでも高級ホテルに入る「シェラトンホテル」で生ビールを飲めるということで行って来ました。


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ウガンダで生ビールは飲めないの??   




はい、瓶ビールしか飲めません。




日本なら居酒屋にどこでもある生ビール。(つまりガスをあとから注入し、できたての泡を楽しめるのが生ビール。瓶だと泡はない)





ウガンダに来る前はビールが飲めなかったので、日本に帰ったらキンキンに冷えたジョッキで生ビール飲みたいな。





あと9ヶ月、将来のことも考えながら永遠のアフリカの大地、楽しみます。

1回目の収穫はボロボロだった。




8件の農家のうち、5件が失敗。



1キロ種をあげたのに、1キロも収穫できなかった。



少ない少ない種で2回目を頑張った唯一の農家さんがロバート。



以前に話したように彼は収穫までに時間がかかる稲、SUPAを全て止めて私があげた種、パキスタンとネリカ1本に絞った。




また今期も失敗するんじゃないか、不安だったが、ロバートのたくさんの愛情と運よくたくさんの雨により今日、待ちに待った収穫ができた。


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この乾燥地帯、クミ県では珍しいほどの背丈にずっしり重い稲の粒。

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ウガンダではこのような穂狩りが一般的。

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そしてこのように棒で叩いて種を取る。


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彼は来年35キロ分の稲を植えるため2エーカーの畑を購入。



そしてクミ県ではこの陸稲で育てた稲は貴重な為、その稲を自分のお店を作って売るという。




現在お店を作るため、木などの木材を購入中。




来たときは水1杯もくれないほどに貧乏な家だったのに、お店まで持つなんて、信じられない。



英語も話せないから会話もできないし、どう接したらいいのか分からなかった。


でも今はロバートが私と話せるように毎日英語を勉強し、私もロバートと話したいから現地語のテソ語を勉強中。



驚くことに今は二人とも挨拶程度はペラペラになった。



もちろん共通のジェスチャーもお手の物!!!



いずれできるお店にロバートと一緒に作ったお米が並んでいるところを見れたらいいな。



正直稲作には厳しすぎる環境に、自分にできることはないと任地変更まで考えていた。



人との出会いは本当にわからない。



彼がいなければクミ県にはいなかった。




12月13日は隊員にとって一番大きな行事でもある中間報告会。



1年経過した隊員による活動発表がある。



いい報告ができそうだ。




これが日本から送ってもらったきゅうりがすくすく育っていた。

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大きくなったら、ロバートと一緒に食べます。
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